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神崎塾長講座「各地にみる伊勢信仰」

講師 神崎宣武

(五十鈴塾塾長・民俗学者・文化審議会専門委員・旅の文化研究所所長)

日時  2017年9月27日(水) 18:30~20:00

伊勢信仰が全国的に広がったのは、中世末から近世での御師(おんし)の活動があったからです。

御師は、伊勢参宮への周旋が任務でしたが、各地の伊勢講の結成や講費の管理までたずさわっています。

その結果、神明社(神明神社)といわれる神社も全国的に増えました。

ここでの神明とは、天照大御神の後光(ごこう)にほかなりません。

ちなみに、神明社の分布は、約5000社。

八幡神社に次いで全国第二の多さです。

御師の活動と伊勢信仰の広がりについて神崎塾長にお話しいただきます。

:-) 伊勢参宮と御師

中世後期に始まった一般庶民の伊勢参詣は、平和な近世になって定着し、時には数百万人が押し寄せる「おかげ参り」も発生しました。
全国から多くの人々が伊勢を訪れ、その賑わいの中でさまざまな交流がくりひろげられました。。

伊勢を目指す人々の動きを支えた存在が「御師(おんし)」です。
御師は神宮の下級神職で、最も多い時には、内宮前の宇治の町に271家、外宮前の山田の町に615家の御師がいました。
御師はそれぞれ担当地域があり、各地に檀家を持っていました。

毎年御師の家来が檀家をめぐり、お札や伊勢の土産を持参し配りました。
檀家が伊勢参りに来る際には、御師の屋敷に宿泊することになります。
御師屋敷では神楽奉納や豪華な食事のおもてなしがあるほか、内宮や外宮へ参り、朝熊岳や二見など周辺の名所を案内しました。

御師のうち最大の規模を誇ったのが、外宮の御師「三日市太夫次郎」です。
明治期の記録によると、全国の檀家に配ったお札は37万7,200枚以上、現在の北海道・東北地方に多数の檀家を有しました。
屋敷の規模も大きく、総床面積は約800坪に及んだようです。御師身分は明治維新で廃止され、御師の末裔は神宮の神楽の取次や旅宿業を行うものもいましたが次第にすたれ、御師邸もほとんど取り壊され、御師をかえりみる資料もばらばらになってしまいました。

今、一定規模で伊勢市内に残る屋敷は、丸岡宗太夫邸のみとなっています。

参加費 会員 1,100円  ビジター 1,600円

定員  30名

場所  五十鈴塾右王舎