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御師と茶の湯

神都の都、伊勢の地は大変、茶の湯が盛んでした。
宝暦のころには毎日釜が掛けられ、一町に二十数ケ所余りにわたり「在釜」の旗が掲げられていたといわれています。「塵塚」(小田文喜著)
当時、活躍した茶人たちは、神宮の御師でした。
代表されるのが神都の大茶人といわれた外宮の御師杉木普斎です。杉木普斎は、千利休の孫、宗旦の門に入り千家の流れを極め、宗旦四天王の一人に数えられたほどの茶人でした。
伊勢の地はもとより、筑前の黒田家、四国丸亀や播州の網干等で茶の湯を教えていました。
伊勢の御師フォーラムでは、伊勢の茶の湯文化の担い手として活躍した「御師杉木普斎」にまつわる逸話や茶道観を中心に、その頃、栄えた神都の茶の湯についてご紹介します。

講師 淺沼宗博(今日庵名誉師範・皇學館大学現代日本社会学部特別招聘教授)

日時

7月10日(土)    13:30~15:00 ※こちらの講座は満席となりました。

伊勢は江戸時代、全国から多くの人が訪れたため各地の和歌や能楽、絵画や書、文学などの文化交流が盛んでありました。
社交と教養の場であった茶の湯もまた、神職を中心に盛んにおこなわれていました。
なかでも千家三代目・宗旦に師事し高弟にまでなった杉木普斎は、「神都の茶事は普斎から」と言われるほど有名な茶人でした。
ただし普斎の家格はかなり低く、あまり裕福ではなかったようで、茶人としての高名を聞き訪問を希望した鳥羽藩主をもてなすのに茶菓子を買うお金がなく、ひそかに畳を売って小豆を買い、餅の上に載せて砂糖をふった手製の菓子を用意した逸話が残っているほど。
今回の講座は、そのような清貧を好み逸話を残した普斎を中心に、当時の神職や御師達の茶の湯とのかかわりについてのお話です。

【杉木普斎】
1628年(寛永5年)生~1706年(宝永3年)没
現在の伊勢市一志町に居を構える、代々「御師」を営む杉木家に生まれました。
普斎の母・美津は、この地方では著名な俳人で、15歳で上洛して茶人の千宗旦に入門したのは、この母の意向によるものと言われています。
普斎は、御師の仕事で諸国を廻ることが多く、各地の有力者との師壇関係を活用して利休正統の茶湯の伝播普及につとめました。

参加費

会員 850円    ビジター 1,350円

定員

20名

場所

五十鈴塾右王舎