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神宮摂社・末社・所管社シリーズ その6 堅田神社の歴史について

堅田神社は延暦23年(804)に作られた『皇太神宮儀式帳』所載の24座の一つにあげられますが、『延喜式』にはこの名前では一切登載されていません。
ところで、祈年祭、6月月次祭、神嘗祭、新嘗祭、12月月次祭の年間5回、権禰宜・宮掌・出仕の3人が神宮の摂社・末社・所管社を何日かに分けて輪番制で各社を参向する巡回祭典が行われます。
なかでも二見方面は堅田巡回と称し、堅田神社を中心に江神社や神前神社等に神職が参向いたします。
一般に延喜式に登載される神社を式内社と呼び、延喜式にみられる神宮のお社を摂社と位置づけています。しかし延喜式には「堅田神社」の名称がないのに、神宮は堅田神社を皇大神宮摂社に列しています。何故でしょうか。
御塩殿との関連性を指摘する説もあり、果たして正しいでしょうか。
また儀式帳には祭神名が記されておらず、鎌倉時代の『倭姫命世記』に記される伝承とも異なる箇所がみられます。
この異説をどう考えたら良いでしょうか。今回はこれらの謎について紐解きます。

講師 音羽 悟(神宮司庁広報室広報課課長)

日時

6月22日(火)      13:30~15:00  ※こちらの講座は満席となりました。

参加費

会員850円     ビジター 1,350円

定員

20名

場所

五十鈴塾右王舎

伊勢からJR二見浦駅を過ぎて、二見JCTへ向かう道の交差点付近にある堅田神社(かただじんじゃ)。
堅田神社のご祭神はこの地方の土地の神様、佐見都日女命(さみつひめのみこと)です。
二見の地で静かにご鎮座されているこの堅田神社は、倭姫命に堅塩(かたしお・焼き固めた塩)を奉った故事により定められたそうですが、音羽先生によるといろいろと謎の多い摂社のようです。
講座では音羽先生から、堅田神社の歴史とその謎を詳しくお聞きしましょう。