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信長 野望の岐阜城を訪ねて

稲葉山城(岐阜城)は金華山の山頂にあり、建仁年間(1201年~1204年)鎌倉幕府執事の二階堂行政が最初に砦を築いたとされています。
その後天文8年(1539年)に斎藤道三が拠点を置き、永禄10年(1567年)に織田信長が城を手に入れ、岐阜城と改名し、天下統一の拠点としたところです。
今NHKの大河ドラマ「麒麟が来る」の舞台としても登場しています。
岐阜城最上階からの眺望は素晴らしく、かつての武将たちもその景観を楽しんだのでしょう。
今回はその岐阜城と格子戸の商家や町屋が残る古い町並みの川原町界隈を地元のガイドの説明を聞きながら巡ります。
※昼食は金華山の山頂にて各自ご自由にとっていただきます。(歩きやすい服装で飲み物、おやつなどお持ちください)

講師 五十鈴塾事務局

日時

10月21日(水)          7:30~18:00  ※こちらの講座は中止となりました

参加費

会員15,500円  ビジター 16,500円(バス代・ロープウェイ代・入館料・ガイド料・保険料含む)

定員

15名限定

集合場所

7:25までに五十鈴川駅集合

信長が美濃を攻略しようと決意したのは義龍が35五歳で死んでその子龍興が後をついでからです。龍興は凡庸な武将であったらしく家臣の信頼があまり得られなかったようで、好機ととらえたのです。
同時期に信長は伊勢を手中に治め、永禄六年には美濃に近い小牧に城を築き、敵対していた浅井と同盟を結び、斎藤家の重臣たちを寝返らせついに永禄十年稲葉山城をわが手にしたのです。
それまで井ノ口と呼ばれていた地名を岐阜に改め、天下布武の押印を用いました。岐阜は交通の要衝で天下を取るには最適な土地だったのです。
この頃の天下は日本中ではなく五畿内のことだったという説が今では有力です。
ここから本能寺で討たれるまで信長の快進撃が続くのです。