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西行と反魂術~平安時代の人造人間~

西行といえば和歌の名手、僧侶ではありますが天皇、上皇をはじめ貴族階級とも交流が深い一流の文化人です。伊勢へ7年間滞在し多くの歌を作り、「御裳濯川歌合」「宮川歌合」を両宮に奉納しています。
この西行がこともあろうに人造人間を造ったという逸話が残されています。
その理由が結構安易で高野山で修業をしていた頃、人恋しくなって話し相手の人間を造ってみようと思い立ったのです。
その方法は反魂術といい鬼が用いていたものを真似して造ったのですが、完全ではなかったようで山奥に捨ててしまったそうです。
フランケンスシュタインとよく似た話ですが、造られた方こそいい迷惑ですね。
あの西行がこんなことをしていたとは驚きですが、造りだすその方法が気になりますね。
西山先生にじっくりとお聞きしましょう。

講師 西山 克(関西学院大学文学部教授 文化歴史学科日本史学専修)

日時

4月 15日(月)                   13:30~15:00

参加費

会員1,100円     ビジター 1,600円

定員

30名

場所

五十鈴塾右王舎

「願わくば花の下にて春死なむその如月の望月の頃」平安末期の歌人西行の歌です。いかにも桜と月を愛した西行らしい歌ですが、そのとおりに三月中旬の満月の日に亡くなりました。

西行は元は佐藤義清といって御所を守る北面の武士でしたが、若くして出家を遂げ、修業の傍ら、和歌一筋に生きました。

鳥羽上皇をはじめ、崇徳上皇、宮中の女官などとも歌を通じて親交があり、あの平清盛とも親しくしていたといわれています。一時期、戦乱をさけて伊勢に滞在し、今の県営陸上競技場の東の山辺りに住んでいたとか二見の安養山にも居たようです。内宮に「御裳濯河歌合」、外宮に「宮河歌合」を奉納するなど神宮への崇敬の念も篤かったのです。

そんな西行が高野山で修業をしていた頃、なんと人造人間を造ったとお話が撰集抄という説話集に書かれています。西山先生に詳しくお伺いしましょう。