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幕末の伊勢神宮

今年は明治維新150年の節目の年でした。NHK大河ドラマ「西郷どん」も幕末動乱を経て明治維新を迎える佳境に入りましたね。また北海道の名付け親・松浦武四郎生誕200年の佳年にもあたり、マスコミも報道で取り上げ、何かと三重県でも話題になっています。この幕末期は吉田松陰や坂本龍馬等歴史上傑出した人物が活躍した時期でもあり、日本人が最も好きな時代のひとつでもありましょう。
文明開化を迎える前のこの時期、神宮では世の喧噪に棹を差し、どのような対応をしていたのでしょうか。
実は幕末の伊勢神宮の動向については、ほとんど紹介された例がなく、国民が知見を得る機会もなかったからか、誰も知らない真相があります。郷土の偉人、松浦武四郎や竹川竹斎も活躍しますが、足代弘訓等神宮祠官も海防に対する神宮防衛問題に首を突っ込み、危ない行動もします。歴史上の意外な人物も関わっていますから、面白いです。
今回は「ええじゃないか」の紹介も含め、知られざる幕末の伊勢神宮の動向について解説します。

講師 音羽 悟(神宮司庁広報室広報課課長)

日時

11月 13日(火)                   13:30~15:00

参加費

会員800円     ビジター 1,300円

定員

30名

場所

五十鈴塾右王舎

日本人が好きな時代の一つと言える幕末。江戸時代末期の時代で、「江戸幕府末期」という意味です。具体的には嘉永6年(1853年)6月の黒船来航から明治2年(1869年)5月の戊辰戦争(ぼしんせんそう)終結までの時期を指し、近世から近代への過渡期にあたります。

幕末の頃にも、お蔭参りがおこります。お札が降るなど神異のうわさをきっかけにして庶民が奉公先から抜け出し、伊勢参りに出かける人が急増する現象のことで、江戸時代には約60年周期で自然発生的に繰り返されました。いずれも期間は3ヶ月から5ヶ月で終わり、文政13年・天保元年(1830年)には3ヶ月で約500万人が伊勢に押し掛けたと記されています。

また、ええじゃないかは、日本の江戸時代末期の慶応3年(1867年)8月から12月にかけて、近畿、四国、東海地方などで発生した騒動で「天から御札(神符)が降ってくる、これは慶事の前触れだ。」という話が広まるとともに、民衆が仮装するなどして囃子言葉の「ええじゃないか」等を連呼しながら集団で町々を巡って熱狂的に踊ったとされています。その目的は定かでないですが、囃子言葉と共に政治情勢が歌われたことから、世直しを訴える民衆運動であったと一般的には解釈されています。
ええじゃないかの御札は地域で信仰されている社寺の御札が降ったため、現地で祭祀が行われる事が多かったようです。
しかし、同じ騒動と思われる御札降り、ええじゃないか、お蔭参りはもともとまったく別個のものです。
日本全体が混乱していた時代。伊勢神宮では何が起こっていたのか。音羽先生に伺ってみましょう。