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遷宮上人慶光院の話

五十鈴塾から神宮の方向に向かうと右側に白壁が続く立派な門構えの建物が見えてきます。
門が閉ざされていて中は見られませんが、由緒ありげな高い屋根、大きな土蔵など一体何なのか、誰がお住まいなのか興味は尽きません。実はこれは江戸時代、慶光院という尼寺だったのです。それもとても格式の高いお寺で朝廷から紫の衣を着ることを許され、慶光院の綸旨を賜っています。
それはこのお寺の尼僧が神宮が荒廃し、遷宮もままならなかった時代に、力を尽くして遷宮を復活させた功績によるものです。それも初代だけではなく何代にもわたって尽力をしてきたのです。仏は禁忌とされた神宮の御遷宮になぜ尼僧が関係できたのでしょうか?
偉大なる女性の力を山中先生にじっくりと語っていただきます。

講師 山中 一孝(豆腐庵山中代表取締役)

日時

7月 3日(火)                   18:30~20:00

参加費

会員800円     ビジター 1,300円

定員

30名

場所

五十鈴塾右王舎

五十鈴塾から赤福方面におはらい町を行くと左右に白壁が続き、左には神宮道場、右には祭主職舎があります。
明治以前、この建物は慶光院という臨済宗の尼寺でした。それも朝廷や幕府から崇敬を受けた格式の高い寺院で院主は紫の衣を着ることが許されていました。なぜそうなったのでしょう。それには伊勢神宮との深い繋がりがあったからです。

世の中が乱れに乱れていた戦国時代、朝廷の権威も無くなり、足利幕府も崩壊寸前、伊勢神宮も例外ではなく御遷宮も120年も途絶えたままでした。これを憂いたのが慶光院三世の清順さん、私がなんとかするわと決心し、まず宇治橋の架け替えをと勧進を始めました。当時橋を架けるということは僧侶の勧進によってなされることが多かったのです。これが見事に成功。
その後、外宮の遷宮も実現させ、この事業が四世五世と受け継がれていったのです。
遷宮の存続に女性の力ありのお話しです。