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諸戸氏庭園・芭蕉の寺・薩摩義士の堤防

諸戸氏庭園はもともと室町時代に織田家家臣の館であったものを、江戸時代に桑名の豪商が隠居所として整備し、明治になって諸戸清六が購入して御殿や洋館などを建築したものです。
それは豪壮なもので主家と玄関、座敷、御殿は国の重要文化財になっています。
庭は国の名勝で琵琶湖の景色を模したものと言われています。
花菖蒲の美しい時期にと企画したのですが、見られるかどうかは運次第ですね。

また、あの俳聖といわれた芭蕉が宿泊し、句を詠んだ桑名別院本統寺で句碑を見てから、大河ドラマで脚光を浴びている薩摩藩の悲しい歴史を刻む千本松原を訪れます。

日時  6月 5日(火)   8:00~16:30

諸戸氏庭園

室町時代には織田家家臣の矢部氏の館となり、庭園が設けられて「江の御殿」と呼ばれ、江戸時代には桑名藩の御用商人であった山田彦衛門が隠居所として購入。
建物や回遊式庭園を整備して「山田長者屋敷」と呼ばれたそのさまは「久波奈名所図会」にも記されました。

明治17年、当時38歳であった諸戸家当主諸戸清六が購入、御殿と池庭が付け加えられました。
その後、二代目諸戸精太の代にさらに手を加え、今日に至っています。

現在の庭園は二つの部分に分かれ、第一は菖蒲池を中心とした回遊式庭園部分であり、庭園に中でも歴史的に最も古い部分です。
菖蒲池を中心に、西に推敲亭、東に藤茶屋、北に蘇鉄山と稲荷祠がみえます。
春にはつつじ・藤・菖蒲などの花々、秋にはどうだんつつじ・もみじの紅葉など、四季折々の美しさを楽しむことができます。

第二は御殿とその池庭です。
ここは水田であったのを埋め立てて作られ、海抜0以下に位置します。
そのため、水門から流れ込む揖斐川の干満の影響を受け、池の水位が上下し、刻々と変わりゆく景観を味わう汐入の池となっていますが、現在は水門が閉じられているため水の流れはありません。
現在の御殿の庭は、鳥羽や志摩から運んできた見ごたえのある大石や、青石などが置かれ、有限な雰囲気を醸し出しています。

初代 諸戸清六

1846年、三重県桑名郡木曾崎で庄屋をしていた諸戸家に長男として生まれましたが、父親が商売に失敗し没落。
18歳で家督を継いだ清六は桑名という地の利を生かし、米の買い付けを始めました。
桑名は木曽三川の米や木材が集まり、伊勢湾や三河湾への水運が栄えていたところで、清六は見事な成功をおさめ、わずか二年で莫大な借金を返済したのです。
さらに次々と事業を拡大していき、田畑や山を買い、途方もない財を築くとともに、政界との太いパイプを構築し、日本屈指の政商となりました。

財を成した後も、清六は質素な生活を貫き、決して華美に振る舞うことをしませんでしたが、公共事業への投資には力を惜しみませんでした。
もともと桑名一帯の井戸水は混和物が多く、飲料水に適さなかったことから、水道施設を独力で設置し(諸戸水道)、一般に開放しました。
また桑名町内三十箇所以上に消火栓を設けました。
このような設備は当時大都市を除いて稀なものであり、全国で7番目であったといわれます。

桑名別院本統寺

徳川家茂や明治天皇が宿泊した由緒あるお寺で、桑名御坊とも称され、俗に「ご坊さん」の名前で市民に親しまれています。

境内には俳聖松尾芭蕉が貞享元年、野ざらし紀行の初旅の折り、この地で読んだ句
「冬牡丹千鳥よ雪のほととぎす  はせを」の句碑が建てられています。
(千鳥を聞きながら、雪中に牡丹とは、なかなか見られない光景であるよ。今の今まで牡丹とくればほととぎす、と思っていたのに)
この句碑は桑名市の史跡になっています。

千本松原

宝暦治水関係の史跡で、治水工事の完成を記念して、薩摩藩士が油島締切堤の上に千本の「日向松」の苗を植えたものと伝えられています。
それが成長して今では樹齢200年を越えるこんもりとした松林となっており、千本松原と呼ばれています。
明治改修工事によって、宝暦治水当時と堤の形は大きく姿を変えましたが、締切堤の上に延々と繁茂する千本松原は、水と緑が織りなす、見事な景観をなし、人々の憩いの場として親しまれています。
昭和15年「油島千本松締切堤」として国の史跡に指定されています。

油島締切堤

この附近はかつて、木曽川と揖斐川が合流し、木曽三川の水害の大きな原因となっていました。
このため、古くから木曽三川を木曽川・長良川・揖斐川の三つの川に分離しようとの動きがありました。
宝暦4年に着工した宝暦治水は、薩摩藩士の多くの犠牲者と献身的な努力により竣工しましたが、この油島締切が最大の難工事場所でした。
揖斐川へ落ち込む木曽川の水勢は激しく、容易に締切ることが出来ませんでしたが、薩摩藩士の努力によって、一部分が残された堰として完成しました。
そうして13年後に徳島藩などの御手伝普請によって、通船路としての喰違部をもった洗堰として完成しました。
この締切堤は、明治20年に着工された改修工事によって、完全な締切堤に改造されました。
現在、道路として利用されている部分が明治改修による部分です。
薩摩藩により施工された締切堤には日向松が植えられ、現在は千本松原として親しまれています。

参加費  会員 8,500円   一般 9,000円

(バス代・食事代・入園料・保険料含む)

定員  18名限定

集合場所  7:55に五十鈴川駅に集合