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三重の俳人たち

俳祖荒木田守武、俳聖松尾芭蕉を生んだ三重県。その風土に育まれ、多くの歴史に残る俳人を輩出してきました。
即ち、芭蕉の女弟子であり、江戸に出て眼科医となった伊勢山田の斯波園女、天明の中興期俳壇で活躍した
紀伊長島出身の三浦樗良、新興俳句弾圧事件の犠牲となった志摩的矢の島田青峰、句集「砲車」で知られ、「ホトトギス」の有力作家であった長谷川素逝、鷹の鶏二と呼ばれ、高浜虚子を信奉した伊賀の橋本鶏二らです。
守武、芭蕉に加え、これらの俳人の、人とその作品を辿ることにより、三重県の文化の一端に触れてみたいと思います。

講師 坂口 緑志(「深雪」主宰・「年輪」代表・俳人協会評議員)

日時

1月 26日(金)     13:30~15:00

参加費

会員800円     ビジター 1,300円

定員

30名

場所

五十鈴塾右王舎

三重の俳人と言ってまず思い浮かべるのは、松尾芭蕉ではないでしょうか。他には俳祖荒木田守武。しかし、三重は他にも多くの歴史に残る俳人を輩出してきました。

斯波園女(しばそのめ)
江戸中期の女流俳人。伊勢山田に生まれ、同地の眼科医・斯波一有(別号、渭川(いせん))と結婚。元禄3年(1690年)に晩年の松尾芭蕉の下に入門、俳人としての本格的な活動を始めました。2年後には夫と大坂に移住して雑俳点者となり、夫の死後は江戸深川にうつり、医業をつぐかたわら点業を続けました。

三浦樗良(みうら ちょら)
江戸中期の俳人。紀伊長島に生まれ、天明の中興期俳壇で活躍しました。俳諧師の道を歩みますが、大半を旅のうちに過ごし、一時期京都にも住み、与謝蕪村と親交を結んでいます。別号に無為庵。

島田青峰(しまだ せいほう)
新興俳句運動の中心人物として知られた志摩の的矢の人です。俳号の青峰は、故郷の山・青峰山(あおのみねさん、標高336m)に由来します。大正時代末期に俳句雑誌『ホトトギス』において活躍しましたが、晩年は新興俳句弾圧事件の犠牲となり、俳句史上に悲しい印象を残しています。

長谷川素逝(はせがわ そせい)
昭和時代前期の俳人。大阪府で生まれましたが本籍は三重県津市。「ホトトギス」初入選は昭和5年。静寂な自然凝視の句は、「ホトトギス」を通じて全国の俳人たちに親しまれ、落葉を詠んだ句が多かったので、”落葉リリシズム”ともいわれました。戦争を詠んだ句を集めた句集『砲車』を刊行しています。

橋本鶏二(はしもと けいじ)
昭和時代の俳人。三重県伊賀市生まれ。十代より文学に親しみ、若くして両親を失い、俳句に傾倒していきます。高浜虚子に師事し,「ホトトギス」に投句し、鷹の秀句が多く“鷹の鶏二”と呼ばれました。

三重の俳人について坂口先生に詳しく教えていただきましょう。