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ついに登場! 安倍晴明

お待たせしました。あの平安時代のスーパーヒーロー安倍晴明をついに西山先生に語っていただくことになりました。
夢枕獏の小説が発端となり、漫画や映画、羽生結弦選手のスケートなどでご存知の方も多いのですが、陰陽師として名声並びなき存在で朝廷や貴族たちの信頼を受け、神秘的な数々の逸話が残っています。
陰陽師とは陰陽道や天文道に基づいて、国家の大事や、天皇をはじめ皇族たちの病気平癒、雨乞いなどを司る役目の官人をいいます。
中世文学である「大鏡」「今昔物語」「宇治拾遺物語」などにも登場し、不思議な能力の持ち主であることが描かれています。
物の怪がうようよしていた時代に登場した陰陽師、安倍晴明の物語にひたってみましょう。

講師 西山 克(関西学院大学文学部教授 文化歴史学科日本史学専修)

日時  2018年1月19日(金)      13:30~15:00

安倍 晴明(あべのせいめい・ はるあき・ はるあきら)

延喜21年1月11日〈921年2月21日〉 – 寛弘2年9月26日〈1005年10月31日〉

鎌倉時代から明治時代初めまで陰陽寮を統括した安倍氏(土御門家)の祖。

摂津国阿倍野(現・大阪市阿倍野区)に生まれたとされるが、奈良県桜井市安倍とする伝承もある。
陰陽師賀茂忠行・保憲父子に陰陽道を学び、天文道を伝授されたという。
加茂氏の門下生であり、のちに両家は二大陰陽家となる

陰陽寮に所属し天文博士から天文道を学ぶ学生であった晴明は村上天皇に占いを命ぜられており、占いの才能は既に貴族社会で認められていたことが伺える。
50歳頃、天文博士に任ぜられ、陰陽道内で頭角を現す。陰陽頭に就任することは無かったが、位階はその頭よりも上位にあった。

花山天皇の信頼も受け、しばしば晴明が占いや陰陽道の儀式を行った様子が見られるようになる。
その後も一条天皇や藤原道長の信頼を集めるようになり、一条天皇が急な病に伏せった折、晴明が禊(みそぎ)の奉仕により、たちまち病は回復したため正五位上に叙された。
寛弘元年(1004年)には深刻な干魃が続き、晴明に雨乞いの五龍祭を行わせたところ雨が降り、一条天皇は晴明の力によるものと認め被物(かずけもの)を与えたという。

陰陽師として名声を極めた晴明は、天文道で培った計算能力をかわれて主計寮に異動し主計権助を務めた。
その後、左京権大夫、穀倉院別当、播磨守などの官職を歴任し、位階は従四位下に昇り安倍氏は晴明一代の間に師である忠行の賀茂氏と並ぶ陰陽道の家としての地位を確立した。

☆伝承の人物像

現代では『蘆屋道満大内鑑』による人物像が定着しているが、平安時代では最先端の学問(呪術・科学)であった「天文道」や占いなどを、体系としてまとめた思想としての陰陽道に関して、卓越した知識を持った陰陽師ともいわれ、当時の朝廷や貴族たちの信頼を受け、その事跡は神秘化されて数多くの伝説的逸話を生んでいった。

参加費  会員1,100円     ビジター 1,600円

定員   30名

場所   五十鈴塾右王舎