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「日本に出会う」シリーズ 第十五回「歴史に見る疫病退散と土用のお水汲み」

日本各地から地方色が失われています。
そして、季節の風情や味覚までも。

つまり、日本文化を構成する多様性が失われつつあるのです。

何をもって「日本らしさ」かというのも議論がわかれるところですが、五十鈴塾が注目する「日本らしさ」に神崎塾長と出会いに行ってみたいと思います。

回数を重ねると、次代に繋げなければならない何かが見えてくることを期待して、歩いて・見て・話しあってみましょう。

講師 神崎 宣武

(五十鈴塾塾長・民俗学者・神崎研究室室長)

令和2年7月21日(火) 9:00~12:30

「歴史に見る疫病退散と土用のお水汲み」

疫病は広範囲に集団的に発生・伝播する感染症です。

人間の生死を左右した最大の原因は戦争や天災ではなく「疫病」だそうです。

史実に残る日本最古の疫病は崇神天皇5年のもので「病(えやみ)多(さは)に起りて人民(おおみたから)尽きなむとす」と古事記に書かれています。

これを憂いた崇神天皇は天照大御神と大和の神を宮中で一緒に祀るのが原因として、天照大御神の御鎮座にふさわしいところを求めて豊鋤入姫命と倭姫命に国中を巡行させ、ついに伊勢の地に鎮まられたのです。

古代から底知れぬ恐ろしさを持つ疫病の原因は荒ぶる神、疫神、疫鬼、怨霊の仕業とか、仏罰、神罰による超自然的なものを想定してそれらを鎮めるという考え方が主流でした。

陰陽師による疫神祭、僧侶による加持祈祷などが国家規模で行われたのです。

伊勢地方に掲げられている蘇民将来子孫之門の札がついた注連縄もまたそのひとつです。

その昔この地を旅した牛頭天王(須佐之男命ともいわれる)が一夜の宿を求めた時に金持ちの巨旦はうそを言って泊めず、兄の蘇民将来は貧しいながらも精一杯のもてなしをしました。

帰路に再び訪れた時に牛頭天王は「明日この村を疫病が襲うから茅の輪をつけておけ」と教えてくれました。

次の日疫病で村は全滅しましたが、蘇民将来の家族は助かりました。

この故事にちなんで伊勢地方の家々は注連縄に蘇民将来子孫之門というお札を付け厄災よけとしたのです。

この話は日本全国にもあり、夏至の日に茅の輪くぐりをするのもこれに由来するといわれています。

コロナが猛威をふるっている今、昔の人が疫病にどのように向かったのか神崎先生にお伺いしましょう。

この日はちょうど土用の丑の日、災難除けに五十鈴川のお水を汲む日です。

明治ごろにはじまった風習ですが、神崎塾長と一緒にお水を汲んで、瀧祭神に祈り、御正宮で国の安泰を祈願して荒祭宮でプライベートなお願いをいたしましょう。

そして忘れてはならないのが暑さに負けず病にも負けないようにうなぎを食べて精をつけること、まさに病除け、災難除けの講座です。

(お水を入れる容器をお持ちください。鰻が食べられない方は事前にお知らせください)

土用に五十鈴川の御手洗場でお水を汲んで瀧祭神にお参りし、神棚に上げておくと一年を無病息災、家内安全に過ごせるという民間信仰があります。

科学的根拠は何もないのですが、コロナウイルス退散の願いを込めて神崎塾長と一緒にお参りしましょう。

疫病はあっという間に広がり、底知れぬ恐ろしさを持つ病です。原因として大昔の人たちは魔ものや物の怪の仕業と考え、鎮めるために加持祈祷などの祭祀をおこないました。

そればかりではなく、病封じのお札、茅の輪くぐりなど人々の切実な願いが伺えます。

効果はないのですが、人々の不安を和らげることができたようです。

疫病退散への民俗、風習などを知って役立つことはないか探りましょう

前日、20日(月)の神崎先生の夜講座「旅する神々⑦」も、とても興味深いお話が伺えます。
ぜひご参加ください!

参加費   会員4,000円 ビジター4,500円

(昼食代含む)

定員   20名

集合場所   9:00に「内宮宇治橋前」集合