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御霊信仰と北野天満宮

[上画]北野天満宮
御霊信仰というのは天災や疫病を恨みをもって死んだり、非業の死をとげた人の怨霊の祟りとして鎮めて「御霊」とすることによって平穏を実現する信仰です。

代表的な人物が菅原道真、学問や政治経済に優れ、右大臣にまで登りましたが、これを快く思わなかった藤原氏により讒訴され、大宰府に流され、そこで亡くなりました。

死後、転変致死が多発したことから北野の地に朝廷によって道真を祀る神社が造営されました。
「北野天満宮天神」の名が贈られ、厚い崇敬を受けて、現在では学問の神様として広く信仰を受けています。

北野天神の信仰の変遷について、西山先生にお話いただきながらお参りします。

また源氏・平家の氏神でもあり、伊勢神宮と並ぶ格式の高い平野神社やかつて陰陽道の方位神であった大将軍を祀った大将軍八神社、こちらは宝徳殿に収納されている神像80体と古天文暦資料なども特別に拝観します。

お昼は京都最古の花街 上七軒で四代続いたお茶屋の佇まいの中、京の逸品くろすけ名物の豆腐懐石をいただきます。

講師 西山 克 (関西学院大学文学部教授)

日時   ’18. 3月23日(金)    8:00~18:00

北野天満宮は菅原道真を祀った神社で天神さん、北野さんと呼ばれて学問の神様として親しまれています。

戦国時代末期に再建された社殿は入母屋造りの本殿、石の間、拝殿、楽の間を合わせて一棟となっており国宝の指定を受けています。
中門、東門、回廊なども重文でそれは見事なものです。
ゆっくりじっくり見てまわりましょう。

と、そのためにだけに来たのではないのです。西山先生の講座ですから、何かがあるに違いない。

実は道真は藤原氏の陰謀で大宰府に左遷され、かの地で無念の思いを抱いてなくなったのです。
死後、都には不吉な出来事ばかりが続き、道真の怨霊のなす仕業と恐れおののいて社殿を建て祀ったのです。

結局は後ろめたい人々が作り出した幻想にすぎないのですが、道真の怨霊はものすごく、日本三大怨霊といわれ、恐れられていました。

ちなみに後の二人は平将門、崇徳上皇です。

午後は隣にあるこれも由緒のある平野神社、794年(延暦13)に建立され、源氏・平家の氏神でもあり、伊勢神宮と並ぶ格式のある名社です。
こちらも本殿が重文です。[上右画]平野神社

そして陰陽道にゆかりの深い大将軍八神社、こちらも794年(延暦13)に建立、由緒のある名社です。
宝徳殿には大将軍神像80体(重文)と陰陽道安倍家の古天文暦資料(府文)などが収納されています。
今回は特別に拝観させていただきます。
[左画]大将軍八神社

お昼は京都最古の花街といわれる上七軒で四代続いた元お茶屋、明治時代の設えをそのまま残した本物のお茶屋の佇まいを感じていただける「くろすけ」に行き、京の逸品 名物の豆腐懐石をいただきます。

参加費  会員12,500円   ビジター 13,500円

(バス代・食事代・拝観料・保険料含む)

定員  19名限定(最少催行人数15名)

集合場所  7:55に五十鈴塾川駅集合